現代のビジネス環境において、報酬制度は企業の競争力を高め、組織に必要な人材を引き寄せ、定着を図る重要な要素となっています。しかし、報酬制度が適切に機能するためには、企業の戦略から導きだされた人事制度のコンセプトと連動し、また従業員の期待や市場の動向とも合致している必要があります。
この記事では、そうした要素を統合した効果的な報酬制度の設計方法や報酬制度の詳しい内容、そして実施における注意点までを網羅的に解説します。
報酬制度とは
報酬制度とは、給与、賞与、退職金など、従業員に対する報酬や待遇を定める制度です。
等級制度、評価制度の受け皿となる制度であり、会社が従業員に求めていること(等級要件・目標達成・行動等)に対して、従業員を評価することによってどういった状態にあるのかを確認し、その評価を反映するものとなります。
「報酬」の種類と「トータルリワード」の概念
「報酬」とは、ある行為や業務、努力、成果などに対して与えられる対価や見返りのことを指します。この報酬は大別すると、「金銭的報酬」と「非金銭的報酬」の2つがあります。
金銭的報酬とは、給与や賞与、退職金などを指し、非金銭的報酬とは、会社や組織からの承認、重要な裁量や権限の付与などを指します。
報酬制度を設計するには、この金銭的報酬と非金銭的報酬を総合的に判断し、経営目標と従業員の成長を適切に結び付け、動機づけに取り入れていくことが重要とされています。これは「トータルリワード」と呼ばれ、近年注目されている考え方です。
報酬制度とインセンティブ制度の違い
インセンティブとは、従業員の特定の行動や成果を奨励・促進するために提供される報酬を指します。具体的には、目標達成時の報奨金や営業成果に基づくボーナスなどの金銭的報酬の他、目標達成時の旅行や社内表彰などの非金銭的報酬がこれに該当します。
インセンティブ制度は報酬制度の一部ではあるものの、報酬制度はその企業内の対象となる従業員に一律に適用されるものであるのに対して、インセンティブ制度は特定の行動や成果を挙げた従業員に対して適用されるものであるという違いがあります。
こうしたインセンティブは上述した「トータルリワード」の考え方からも多くの企業で活用されています。特に、従業員の動機付けや業績との連動を実現するために効果的な仕組みであることから、業務の成果が直接会社の業績につながるような職務での活用が多いと言えるでしょう。
報酬制度の種類
報酬の中でも金銭的報酬のみにフォーカスを当てた場合、給与の運用において「年功」を重視する形態と「成果」を重視する形態の大きく2つの考え方があります。
その中でも、報酬の形態としては「生活給」「職能給」「職務給」「役割給」の4つがあります。
生活給と職能給は年功主義的に運用され、職務給と役割給は成果主義的に運用されていますが、以下にそれぞれについてもう少し踏み込んで解説していきます。
- 生活給とは
給与支給の根拠を年齢や勤続年数、扶養者の数などにおいた報酬形態を指します。
第二次大戦後の生活保障給としての意味合いが強かった「電算型賃金体系」の特色を現した形態です。これは、従業員にとっては将来設計が立ちやすいものの、生産性や能力等の違いを報酬に反映できず、人件費のコントロールが難しいというデメリットが挙げられます。
- 職能給とは
給与支給の根拠を職務遂行能力においた報酬形態を指します。
オイルショックによる経済の鈍化や高齢化の進展などにより、年功主義的運用を脱却するために生まれた考え方の一つです。給与支給の根拠を職務遂行能力におくため、異動しても報酬が変わらず、異動を前提としたゼネラリストを育成していく日本の組織体系になじみやすいという点、従業員への成長と組織に対するエンゲージメントを醸成しやすい点などがメリットとして挙げられます。
一方で、職務遂行能力は時間経過と共に消失するものではないため、結局は年功主義的運用になってしまうという点や、人件費のコントロールが難しいというデメリットがあります。
- 職務給とは
厳密には、ジョブディスクリプション(職務記述書)に定義されたジョブ(職務)を根拠として給与の支給を行う報酬形態です。
実際のところそこまで厳密に運用せず、ある程度類型化されたジョブサイズに応じて判断を行うという運用となっているケースもあります。職務給は明確なジョブまたはジョブサイズに基づく報酬となるため人件費のコントロールが容易になり、同じジョブを繰り返して行うことによってスペシャリストを育成しやすいメリットがある反面、ジョブを定義する手間がかかったり、異動によって報酬が変わるため異動が難しくなるという特徴があります。
- 役割給とは
給与支給の根拠を与えられたミッション(役割)に置く報酬形態です。
組織への貢献度と報酬が緩やかに適合するため人件費のコントロールや最適化が図りやすいという点や、M&A、グローバル化などの組織の変化に迅速に対応しやすいというメリットがあります。一方で、役割の定義があいまいであったり組織の方向性と整合性が取れていないと運用が非効率になりやすく、運用面では高いスキルを求められるというデメリットも挙げられます。
報酬制度の目的
いずれの報酬形態をとるにしても、報酬制度には以下の共通の3つの目的があると言えます。
(2)必要な人材の確保や定着を図る
(3)人件費のコントロールを行う
(1)経営戦略と従業員の方向性を合わせる
企業は、従業員に仕事を割り振り、それを達成させることで経営戦略を達成していかなければなりません。そのためには、経営戦略上望ましく達成してほしいことに重点を置き、従業員をその方向に導びいていく必要があります。
そのため、何を達成したらその報酬がもらえるのかを明確に理解することで、従業員が組織にとって適切な行動をとるように促し、更なる報酬のために努力をするという仕組みとなるよう、報酬制度は戦略的に設計していくことが求められます。
(2)必要な人材の確保や定着を図る
報酬制度は、市場競争力のある報酬や福利厚生を提供することで、会社や組織にとって必要な人材を確保できたり、納得感のある報酬を支給することで従業員のモチベーションの向上や継続を図っていきやすくなります。
そのため、自社内だけでなく競合他社や社会情勢を考慮した上で、人材の価値に応じた報酬配分となるよう報酬制度を整えていくことが要求されます。
報酬制度は、経営戦略上望ましい行動を社員に促し、必要な人材の確保と定着を図ると共に、不必要な人件費の上昇を抑制していく必要があります。
特に上述した報酬が年功主義的に運用されている組織においては、年齢や勤続年数といった基準で報酬が決定されてしまうことから、各個人の組織への付加価値に応じた合理的な人件費となっていないケースも多く見られます。
そのため、適切な報酬決定や支給となっているかどうかをチェックし検証を行っていくことが重要です。
報酬制度の作り方
ここでは、報酬制度の設計について各ステップごとに詳しく解説していきます。
実際の設計の場面では、組織のニーズや状態に応じてステップが前後したり追加されたりすることもありますが、以下には一般的な流れを示しています。
この時の報酬体系とは、何に対する報酬をどのように支給するのかという仕組みを指します。
金銭的報酬は、固定的に支給されるものと流動的に支給されるものの2つに分かれています。
固定的に支給されるものとは、基本給や資格、住宅、家族手当に代表されるような毎月変わらず一定額が支給されるものを指します。
一方流動的に支給されるものとは、賞与や時間外手当など、勤務時間や業績などに応じて支給額が変動するものを指します。近年では、家族手当や住宅手当といった属人性が高い手当は廃止される傾向にありますが、だからこそこうした手当を設計することにより競合優位性を高めるという手段もありますし、資格手当は個人の自己成長を促す仕組みとしては有効な手段ともなり得ます。
このように、人事制度のコンセプトや組織のニーズを踏まえて、報酬体系をまずは設計していきましょう。
報酬レンジとは、各等級に賃金水準を設定していくときの、同一等級内での基本給の変動幅を指します。これはあくまでも各種手当などを除いた基本給についての設計です。
この報酬レンジは大きく分けると2種類あり、細かく分けると以下の4種類があります。
(1)シングルレート方式
これは、同一等級内では昇給や降給がないという方式です。
昇給するためには、等級が上がることが条件となります。
この方式のメリットとしては、昇格しなければ報酬が変わらないため、昇格に対するモチベーションを上げやすいという点があります。しかし、反対に降格となった場合生活やモチベーションに与える打撃も大きくなるため、組織の状況やニーズを慎重に判断した上で決定する必要があるでしょう。
同一等級内でも昇給や降給がある方式を指します。
これにはその幅の持たせ方に応じて更に3種類に分類されます。
(2)①階差型
これはレンジ給方式の中でも、等級の給与額の上限と下限が、隣接する等級の上限と下限に重ならない金額に設定されているパターンです。
このパターンではシングルレート方式に近く、昇格メリットが大きくモチベーションを底上げしやすい設計になっています。また、時間外手当や休日手当など流動的に支給される手当がある場合、そうした手当を支給しても上下の等級が逆転するリスクを避けやすいことがメリットとして挙げられます。しかし、デメリットもシングルレート方式と同様と言えるでしょう。
(2)②重複型
これは、レンジ給の中で等級の給与幅が、隣接する等級の上下の給与幅と一部重なって設計されているパターンです。
重複型は階差型と異なり、昇格または降格した場合でも給与額の変動は少なくなります。会社から見ると昇格させても人件費の負担が他のパターンに比べれば少なくて済みます。また、降格させた場合でも給与の水準がそこまで落ちないため、昇降格のインパクトが会社にも本人にも少なく、運用しやすい設計とも言えます。
ただ、時間外手当が支給される場合、シングルレート方式やレンジ給の階差型と異なり等級における給与額の逆転現象が起きやすく、昇格を躊躇するという現象が起こりやすいというデメリットがあります。
これは、レンジ給の中で、等級の給与額の上限と下限が、隣接する等級の上限と下限に連続する金額に設定されているパターンです。レンジ給の階差型と重複型の中間のような仕組みです。等級に応じた報酬の意味合いを明確にしやすいというメリットがありますが、重複型と同様のデメリットにも注意しなければなりません。レンジ給方式をとる場合、どのくらいの期間その等級に在籍している想定なのかが、報酬レンジの基準となります。そして評価が下がったことにより同一等級内でも降給させなければならない場合と、想定より長い期間その等級に留まっていた場合も踏まえて、上下にそれぞれの幅を増やしてします。
これが最終的な同一等級内での報酬レンジとなります。
これには主に以下の3つの考え方があります。
(1)号俸表方式
かねてから広く日本で普及していたのがこの号俸表方式です。等級号俸制とも呼ばれます。
これは等級ごとに数十段階の号俸が設定されています。一般的には同一等級内では号俸が高ければ高い給与となります。
この号俸を決定する方法としては、評価に応じたものと、評価には関連がなく毎年号俸があがるものの2つがあります。後者はいわゆる年功序列的に運用されている形式です。
(2)昇給表方式
この方式は、号俸表方式のような段階は設けず、評価により前期からの昇給・降給額や昇給・降給率を決める方式です。例えば、最も良いS評価であればプラス20%、プラス1万円、反対に最も悪いD評価であればマイナス10%、マイナス5千円といったように評価をダイレクトに基本給に反映させていきます。
(3)洗い替え方式
洗い替え方式は、等級ごとに評価による区分がされた賃金表があり、評価によってその区分のいずれになるかを決定する方式です。洗い替え方式は号俸表方式と異なり、前期の号俸とは無関係に期ごとの評価によって新しく基本給を決めていきます。
STEP3.で設計した報酬レンジとこのステップで設計した昇降給方式により、昇降格が報酬に与えるインパクトは大きく変わります。
例えば、シングルレート方式かつ洗い替え方式を採用した場合、昇降格のインパクトはかなり大きく競争型組織になると言えます。一方で、レンジ給方式の重複型かつ号俸表方式を採用した場合、昇降格インパクトは小さくなり、安定型組織になると言えるでしょう。
それぞれのメリットやデメリット、自社や組織の目指す姿を踏まえてどの方式を採るべきかを検討するべきです。
賞与には、生活保障的な意味合いがある基本給連動型賞与と、組織や個人の業績に応じて変動する業績連動型賞与、その会社の決算時点での業績に応じて臨時的に支給する決算賞与の3種類があります。この3種類によっても生活保障的な意味合いを持つのか、変動給的な意味合いを持つのかは変わりますが、給与と賞与比率によっても同様のことが言えます。
すなわち、全体の年収の中で、給与比率を高めれば生活保障的な意義が強くなり、反対に賞与比率を高めれば変動給的な意義が強まります。
なお、この比率は全社一律で統一する必要はないため、例えば上位等級者については賞与比率を高め、下位等級者については給与比率を高めるなどの設計をすることも可能です。
ここでも、人事制度のコンセプトや組織のニーズに沿った設計をしていくことが求められます。
最後に、年収ベースでの報酬を各等級ごとに設計します。
ここでは、まずは給与のみでの年収を算出し、そこに標準的な賞与額を加味して年収を算出します。
最終的に競合他社や業界水準などを比較検討したうえで遜色がない報酬となっているかどうかを検討します。
なお、この検討の段階では、労政時報が定期的に発表する「賃金水準調査」や厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」、人事コンサルティングファームが実施している報酬サーベイなどが参考になります。
ここまで設計してきた報酬制度を検証するため、最後に将来における個人の報酬変動と総額人件費の変動について報酬のシミュレーションを行います。また、現在の制度から新制度に移行した場合にはそのギャップについても検証を行います。
具体的には、3年後、5年後、10年後などに応じた変数を調整しながら報酬シミュレーションを繰り返し、その結果を踏まえ、報酬テーブルや変動メカニズムなどを含めた報酬制度の構成について検討を重ね、最終的な報酬制度を確定させます。また、新報酬制度への移行の際、調整給などによる給与の補填が必要になる場合には、その補填の程度や期間についても確定しておきましょう。
報酬制度導入の際の注意点
報酬制度を導入する際にはどのような点に気を付けるべきでしょうか。ここでは、具体的な注意点について解説していきます。
等級制度、評価制度とは別に報酬制度だけを別のコンセプトで設計してしまうと、初めに立てた人事制度のコンセプトを反映できない結果となる可能性が出てきてしまいます。
そのため、等級制度や評価制度との整合性を意識しながら設計していくことが不可欠です。
特に、物価も上昇し、賃上げの風潮が高まっている昨今では、競合他社や業界の賃金上昇傾向などを考慮に入れておく必要があります。また、会社の成長フェーズによっても、水準となる報酬の水準は変動することも多いでしょう。
そうした変化を考慮しながら、報酬制度は適切な時期に更新していくことが求められます。
まとめ
今回は人事制度の柱の一つである、報酬制度の詳しい内容や設計方法、注意点などについて解説してきました。
報酬制度はその目的からもわかるように、単なる「給与体系」を超えた、組織の競争力と成長をサポートする重要なツールとなっています。適切に設計され、運用されることで、組織のパフォーマンスを最大化するキーとなっていくでしょう。
フォスターリンク株式会社では、人材マネジメント企業としての実績とノウハウを活かし、報酬制度を含めた人事制度に関するコンサルティングを行っています。報酬制度、人事制度の設計や運用などにお困りの方は、まずはお気軽にご連絡ください。